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霊府神社(下阪本4)と日吉丸
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霊府神社(下阪本4)と日吉丸
天文年中(1532〜55)、尾張国中村の百姓の妻が、坂本に来て、日吉の神に子どもが授かりますようにと祈っていました。すると、ある夜夢の中で「鎮宅霊府神を祈るべし」とのお告げがありました。そこで、その像を作り、たずさえて日吉社参をかさねたところ、男児が生まれ、日吉丸と名付けました。のちの豊臣秀吉です。その神像が、安永年中(1772〜81)に、新町(下阪本四丁目)の会所の浜から掘り出されました。その神像をまつって建立されたのが、下阪本四丁目4−1北側の霊府神社と伝えられています。
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