丹後侍従の塚(大将軍1)
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源頼行の娘である宜秋門院丹後の墓だと伝えています。彼女は後鳥羽上皇の中宮宜秋門院に仕え、三十六歌仙の一人として「新古今和歌集」などにその和歌が残されています。これとは別に平重盛の子で、丹後侍従とされていた平忠房の墓だと言う説もあります。忠房が瀬田の地で捕らえられ、切られたと言われることからこの説が語られるようになったと言われています。塚は今はなくなり「宜秋門院丹後之塚」と記された石碑(大将軍1丁目3番街区、南大萱橋交差点北詰)が建てられていましたが、昭和時代のうちに移転され、現在の位置に移されたそうです。
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